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期末発表と感想

 スクリプト 昭和ウルトラマンシリーズ 皆さんこんにちは、今日は昭和ウルトラマンについて報告したいと思います。  「ウルトラマン」は1966年から円谷プロダクションが制作した作品シリーズとして、日本のみならず世界中で高い人気を誇っています。私がウルトラマンシリーズに出会ったのは幼稚園の頃、すなわち2000年代初頭でした。 実際、1993年にウルトラマンの第一作がすでに中国に紹介され、上海のテレビ局で放映されました。子供の頃にウルトラマンが好きだった理由は、おそらく多くの同じ年の子供たちと同じで、ウルトラマンシリーズのヒーロー要素や素晴らしい巨人と怪獣の戦闘シーンにひかれたからです。このプレゼンテーションを機会に、昭和ウルトラマンシリーズを皆さんにシェアしたいと思います。「ウルトラマンのデザイン」、「ウルトラマンの音楽」、「ウルトラマンの物語」、この3つの側面から展開したいと思います。 まずはデザインです。中間報告で述べた通り、ウルトラマンのデザイン、特に顔の部分は、仏像と関係があると考えられます。まずは「口元」です。ギリシャ彫刻に特徴的な「アルカイックスマイル」という特徴が両者に共通しています。ウルトラマンの口元と仏像の口元を観察してみると、どちらも神秘的な笑顔のような表情をしていることがよく分かります。初代ウルトラマンをデザインしたのは成田亨さんというデザインナーです。成田さんは当時、怪獣=混沌、ウルトラマン=秩序と考えたそうです。そして彼は、「本当に強い人間はね、戦う時かすかに笑うと思うんですよ」と言う信念を持って、ウルトラマンをデザインしました。 つまり、成田さんにとってウルトラマンは神に近い役割なので、そのためにウルトラマンと仏像をより似せてデザインしました。 次は、ウルトラシリーズの音楽、特に主題歌を分析してみます。 曲そのもの、そして曲のアニメーションはそれぞれの特徴があると思います。まずは曲からです。「初代ウルトラマン」と「ウルトラセブン」の曲はどちらも軍歌のような曲調で、ドラムとティンパニでイントロが鳴り響いて始まったものです。「ウルトラセブン」の主題歌の初めの部分を聴いてみましょう。 聴いた通り、「ウルトラマンセブン」の主題歌では、コーラスに児童合唱団を起用しました。 数多くのウルトラマンシリーズの音楽を担当した作曲家の冬木透さんも「ウルト...

俳句・川柳

 一、 雪が降れ 冬だと思い もう四月 もう四月中旬なのに、先週大雪に降られました。さすがインディアナですね(笑)。 二、 これからは どこにいくのか 帰らないのか この一句を書く時に、将来はどこにいるのかを考えていました。でも、どこに行っても、インディアナに帰らないかもしれませんから、ちょっと寂しいなぁと思います。 三、 日本語を 卒業しても 勉強しよう 今までお世話になりました。これからも、別れても、勉強の気持ちを忘れず、一緒に頑張りましょう!

季節の好きなこと、好きなもの

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 今日は季節について、私の好きなものを紹介したいと思います。 まずは春です。アメリカと違って、中国には、春の時たくさん季節限定の野菜があります。例えば春の筍です。春の筍はとても若いので、非常にさわやかな食材です。上海には「腌篤鮮」という春の筍で作った地元の料理があります。「腌篤鮮」は厚切りにしたハムと春の筍と豚バラ肉のダシが出来たものです。味は、変な香辛料とか全然使ってなくて、こくのある美味しいが詰まってる感じです。当然、筍だけでなく、他の野菜もたくさんあります。春はやっぱり美味しいですね。 「腌篤鮮」 夏と言えば長い夏休みです。暑い天気、ゼミの鳴き声と長い梅雨の時期、私の夏休みは大体こんな感じですね。家にいる時、いつもエアコンをつけないまま(電気代を節約するため)、学校の宿題をしていました。暑すぎる時は、冷蔵庫に行ってアイスバーを探しに行けば大丈夫です。今はまだ学生ですが、このようなグダグダになる夏休みはだんだん少なくなっていくでしょう。もちろん、夏にも私の好物があります。夏は枝豆や蚕豆(ソラマメ)や絲瓜(しか)の季節なので、どちらでも私の大好きな食べ物です。 夏、雨が降っている梅雨時期の街 爺さんが作ってくれた 絲瓜のスープです、エメラルドみたいな野菜ですね(笑) 秋は中秋節という大事な年中行事があります。この日に、家族で集まって月を眺めてながら、夕食を楽しみます。 食後には「月餅」という菓子を食べます。「月餅」は大体甘い方が多いが、しょっぱい方もあります。甘い方の中身は蓮の実ペーストや小豆のペーストのが多いんです。しょっぱい方の中身は塩漬け卵の黄身や肉が多いんです。例えば、上海では、「鮮肉月餅」と呼ばれる肉入りの月餅が有名です。中には、肉饅頭の中身のような味付け調理されたお肉が入っています。 小豆ペーストが入ってる甘い月餅 冬はやっぱり雪が好きですね。前のブログにも言いましたが、私の生まれた町はあまり雪が降らないんです。上海と比べて、こちらでは5ヶ月ぐらいの雪の季節があります。とても寒いんですが、面白いと思います。それだけでなく、寒過ぎる場合には、家でゆっくりするのもとても楽しみです。それがこそ「cozy」という単語の意味ですかね(笑)。

パデュ-大学のお気に入り3つ

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 パデュー大学に来てからおよそ4年が経ちました。 今日は、パデュー大学について好きなところを三つ紹介したいと思います。 まずはウエストラファイエットです。 ウエストラファイエットは大きい町ではありませんが、静かで美しい町です。 この一年間はコロナの原因であまり出られないかもしれませんが。その前週末の時必ず街で散歩をします。ダウンタウンだけでなく、たまには郊外の道に沿って歩きました。 夏の夕焼けは本当に綺麗でした。 次は雪です。私は中国の南に生まれたので、雪がほとんど見られません。しかし、ここに来てから最初の冬は、気温がマイナス17度くらいまで下がりました。そして、大雪も降っていました。ミッドウェストの冬は本当に寒くて、外に出て5分ぐらい歩けば髪の毛まで凍ってしまうこともありました。それでも、大雪をあまり見たことがない私にとっては、とても嬉しいことだと思います。 最後は日本語を一緒に勉強している友だちと先生です。 日本語学科は他の学科に比べて学生数が少ないのですが、そのおかげで4年間、たくさんの友だちと一緒に日本語の授業を受けることができました。 また、日本語の勉強中に好きな先生にもたくさん出会いました。これは私がパデュに来てから一番な収穫です。写真はほとんどパーティーで飲み過ぎて撮ったものなので、見せないようにさせてください(笑)。

上海で愛されるイベント

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 子供の頃、父がサッカー好きで、いつも地元のサッカースタジアムに私を連れて行ってもらって、試合を見ていました。 中国のサッカーレベルはあまり強くありませんが、私の知る限り、中国ではサッカーはとても人気があるスポーツです。 中国国内の試合を見なくても、イングランドのプレミアリーグやスペインのリーガ・エスパニョーラなど、世界的に有名なサッカーリーグを夢中してる中国のファンは多いと思います。 上海には海外の試合しか見ないファンもたくさんいますが、父のように上海の地元のチームを応援する方が多いと思います。  上海で最も有名なサッカーチームは「申花(しんか)」と呼ばれています。名前の意味は文字通り「上海の花」です。上海申花は、上海で一番古いサッカーチームの一つとして、中国サッカー・スーパーリーグ(中国のトップリーグ)に所属しています。 このチームのホームスタジアムは私の家の近くにあるので、毎週土曜日の夜にそこを通ると、多くのファンが入場待ちのために並んでいるのが見えます。 中学生の頃、父に連れられて何度か観戦に行ったことがあります。 私はサッカーのファンではありませんが、試合中の激しいプレーやフィールド上の熱い雰囲気に夢中になりました。 なぜサッカーがこれほどまでに人々を熱狂させるのか、ようやく理解できたような気がしました。 試合が終わると、ファンの多くは解散せずに、周辺のバーや焼肉の店に一緒に行ってパーティーを続けます。 私は父と一緒に行ったことがあるんです。ファンたちが食事をしながら、先ほどの試合の話をして、チームのミスを大声で批判していました(笑)。 また、確信できるのは、お店にいる人たちは誰でも、サッカーを愛している人たちだということです。

「注文をまちがえる料理店」の感想

 先週の日本語のクラスで「注文をまちがえる料理店」についての文章を読んで勉強しました。 このようなプロジェクトがあることに感動する同時に、プロジェクトの発起人である小国さんをとても尊敬しています。 「注文をまちがえる料理店」プロジェクトと環境保護と同じ、どちらの参加者も皆、愛に満ちた心を持っていると思います。 もちろん、理想主義者は多くの困難に遭遇するでしょう。例えば、多くのNGOのような慈善的なプロジェクトや組織は人を助け、平等と正義を貫くため創設されましたが、最終的には、実際にこれらの状況を改善できるかどうかにかかわらず、政治と資本の泥沼に巻き込まれる場合もあります。その結果の一つとして、組織が官僚主義のものになる可能性があります。また、利益のために誘拐され、逆に自分のメンバーを傷つけることをしてしまう協会もあります。日本の農協はその中の一つだと思います。 もちろん、達成できないからといって、理想主義を実践してはいけないとは思いません。 出発点が良いからこそ、このような試みがより価値があります。 「善」を常に追求するこそ、人や社会が進歩することができます。 ですから、小国さんが一人からこのようなプロジェクトを發起するのはとても立派だと思います。 また、このようなプロジェクトは、より多くの人に知られて、より多くの人を助けるべきだと思います。 果たして日本、或いは全世界の認知症の人たちの状況を改善できるかどうかはともかく、その試みが必要だと思います。

学生時代に頑張っていること

 私は学生時代の今頑張っていることは、写真を撮ることです。 私が子供の頃は、家にカメラやビデオカメラがあっても、ほとんど使わず、基本的には父が使っていました。 しかし、世界を記録することができて、素晴らしい機械に興味を小さい時から持ちました。 カメラを本格的に使い始めたのは4、5年前。 その時は、日本の京都に旅行に行き、観光客のように何百枚も写真を撮リマした。 帰国後、写真を勉強している友人に見せました。「 欠点も多いが、いいものを撮たね」っと、友達が言ってくれました。 今思えば、私が写真に興味を持ったのは、友人の励ましがあったからかもしれません。 いままで、パデュー大学で写真史についての授業を受けた以外、写真を勉強したことはありませんでしたが、いつもネットで好きな写真家の作品をたくさん見てから勉強していました。 また、技術的な問題が発生したときには、写真を学んだ友人に相談するようにしています。 私は最初機材のことは何も知らず、家にあるカメラで撮てみました。 それからインターネットでカメラについてたくさんのことを学びましたが、多くの写真家の作品を見て、「カメラそのものが最も重要なのではなく、何を撮るかが重要だ」と気づきました。 写真の技術を正式に学んでいなかったために苦労することも多かったのですが、ネットで自由に学べることに通して逆に安心感や喜びを感じられるようになったのだと思います。 私が写真から学んだことがあるとすれば、それは人生のあらゆる小さなことに細心の注意を払うという習慣です。 私は毎日、カメラを持って、あるいは持たずに歩き回り、さまざまな美しいものや風景に気づきます。 写真を撮るのは、人の観察力を上がることができるかもしれませんね。 将来、写真家になるとは思いません、自分の実力が足りないこともわかっています。 しかし、私はこの写真についての学習経験に満足しています。 美しさを見つけることは、いつ、どこであっても、生きていくために必要なことです。